竜王戦第４局の終盤、藤井聡太三冠はこめかみを何度も押さえ、苦しげだった。誤算で形勢を損ねた時の独特のしぐさだ。局後に「（勝つのは）厳しいのかなと思っていました」と明かした。しかし、その後の逆転劇は、藤井新竜王の今の強さを象徴していた。粘り強くプレッシャーを与え続けると、豊島将之竜王のミスを誘った。一気に持ち前の終盤力を発揮し、土壇場で勝利をつかんだ。
藤井新竜王の強さの神髄は何か。どんな局面になっても、勝ちに結びつける万能さだ。トップ棋士の中でも、読みの速さ、深さ、正確さは突出している。それを羽生善治九段は「天から与えられた才能」とたたえる。不利な局面でも焦らず、巻き返す胆力を備える。
しかし、その天才の躍進に立ちふさがってきたのが豊島竜王だった。昨年まで藤井新竜王は６戦全敗。この１年の成長は著しく、人工知能（ＡＩ）も使い、駒組みや飛車角の配置などの序盤戦を研究し、天敵を圧倒する勝負術を身につけた。
「検討、一からやり直しになったなあ」
今回の竜王戦七番勝負のシリーズは、藤井聡太新竜王の指し手が控室の画面に映ると、棋士らが「おー」と驚きの声をあげ、駒を動かす手が止まる光景が幾度もみられた。立会人ら複数の棋士が次の手を予想し、盤に示すが、当たらない。藤井新竜王は百戦錬磨の棋士が束になって考えても発見できなかった手を冷静に放っていった。
第２局の序盤。副立会人の小林裕士七段が「見たことも考えたこともない」という構想を藤井新竜王がみせると、豊島竜王は２時間近い長考に沈んだ。完敗して、「藤井さんの指し手を見てから、考えているようでは駄目です」と振り返った。「藤井さんは、ＡＩ研究だけでは得られない新しい価値観を示している。普段、どんなふうに勉強し、何を考えているかを知りたい」と舌を巻いた。
藤井新竜王の棋風は攻防のバランスがよく、序盤から終盤まで隙がない。デビューした頃は序盤の知識不足から、相手に先行されて敗れることもあったが、今は将棋ＡＩを活用するなどして駒配置の知識を蓄え、弱点を克服している。
特筆すべきはトップレベルの棋士すら圧倒する読みの深さ、正確さだ。棋士らが出場する詰将棋解答選手権を５連覇していることが一つの証しだ。また、今年の叡王戦第５局の終盤で、ＡＩや解説棋士らが示していなかった手を藤井新竜王は１分で指した。これが決め手となり、叡王を奪取した。１秒で数千万手を読む将棋ＡＩが、かなり時間をかけて藤井新竜王の指し手を最善と判定し、「ＡＩ超え」と称賛された。
また、藤井新竜王は辛抱強い指し手で、相手のミスを誘う「人間的な」技術も持ち合わせている。
竜王戦第３局の中盤で、立会人の屋敷伸之九段が「駒が渋滞する素人みたいな重たい手を藤井さんは指さないでしょう」と語っていたが、控室のモニターに映る藤井新竜王がその手を指した。
その瞬間、屋敷九段は「さすが藤井さん。深い」と声を出し、控室は大きな笑いに包まれた。「素人みたいな手」は忍耐の一手で指しにくいが、最善手だと判断すれば藤井新竜王は迷うことなく指す。豊島竜王は根比べに負けて第３局を落とし、追い込まれた。
藤井新竜王にとって豊島竜王は、２０１７年の初対戦から６連敗を喫し「壁」と呼べる存在だった。それでも、今年は王位戦、叡王戦、竜王戦と豊島竜王との３連続タイトル戦を全て制し、対戦成績は１３勝９敗と勝ち越した。
渡辺明名人（棋王、王将と合わせて三冠）には今年の棋聖戦五番勝負で３連勝と圧倒して防衛した。近年、タイトル戦に出場している棋士で藤井新竜王と互角の成績を収めている棋士はいない。対豊島竜王戦を克服した藤井新竜王に敵は見当たらない。「藤井１強」に突き進み、タイトル独占の未来も予想され始めた。
藤井新竜王の師匠・杉本昌隆八段の話 「この日が来ることは１０年前から確信していましたが、それでも師匠として感無量です。藤井新竜王の活躍には人間の無限の可能性を感じさせてくれます。更なる飛躍を期待しております」
最高位を獲得して「藤井１強」時代の幕が開いた。新竜王の強さと素顔に迫る。
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November 14, 2021 at 03:00AM
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「ＡＩ超え」正確な読み、相手のミス誘う技術も…「天敵」に４連勝［藤井時代 １９歳四冠］＜上＞ - 読売新聞
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